楽器の演奏も算命学の鑑定も、技量が上がるほどその伝え手の本質がストレートに出る

 

久々にグルダを聴いたら良い!めちゃくちゃ良い。

 

こういう楽器演奏って楽譜にある指示通りに弾くものです。

このトッカータはアダージョのテンポでスタートして、ここはスタッカートを利かせながらデクレッシェンドでリタルダンドを忘れずに、途中フォルテッシモからいきなりピアニッシモに急激に変化すると同時に変調し悲し気に・・とか細かい指示をちゃんと守りそれを楽器で再現して行く。

 

The Cello Player, 1896 by Thomas Eakins

 

じゃあ同じ曲を完璧に弾ける人をずらっと並べたら、みんな細かいところまで同じ指示に従ってるんだから同じになるんじゃないの?と思いますよね。

これが不思議なことに、楽譜を音に完璧に再現できれば出来るほど、その演奏にその演奏者の人となり・個性がどんどん色濃く現れてきます。つまり技術のある人ほど、演奏に滲みでるその人そのものを隠せなくなってくる。そこにその人の核の部分、魂が強烈に現れてくる。なのでそれぞれの違いがものすごくはっきりしてくるのです。

 

そしてそれが高じて超一級の演奏家になるとこの人のように

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個性を超えて奏者の生き様が凝縮され、音に乗ってその空間を埋め尽くす、聴き手はそれを全身に浴び続けるといったようなことが起こります。

 

ってこれ算命学の鑑定も同じだわ、と最近気づいたのです。

算命学も知識と技術に精通すればするほど、そして読み取れる内容の伝達技術(語彙力や話す時のテンポ、雰囲気など)を磨けば磨くほど、伝え手側の魂のカラー、生きるということに対する姿勢や熱量、つまり生き様が滲み出てくる。

なので同じくらい算命学に精通した鑑定師さん複数に鑑定を受けて、鑑定内容が同じでも伝わってくるところが変わってくる。

 

そして一方で鑑定内容を受け取る側の力量によっても、その鑑定の価値は変わってくる

生きるということに対してどういう姿勢の人なのかで、同じ話を聞いてもそれを有効に役立てられるかどうかが違ってくる。その後の人生にどれくらいそれが影響を及ぼすのかはむしろ受け手の力量がものを言う。

 

同じだな。

楽器演奏も算命学の鑑定も、表面上は全く異なることをしているように見えて本質は同じ。やはり私はこう言う世界が好きなのだなと気付くなど。

 

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本日もお読みいただきありがとうございました。

 

Piano by Giovanni Boldini

 

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この記事を書いた人

算命学による命式分析を専門とする鑑定者で、人生戦略の相談を行っています。
人生約半分以上ドイツ在住の全柱異常干支な関西人。1971年製。
DNAの2%はフィンランド系、1%はメキシコやアンデス山脈あたりの由来。
算命学をメインにドイツ生活やクラシック音楽、絵画の話も交えつつ【 三柱異常干支の見る変わった世界 】を綴ります。
機能不全家庭のサバイバーで占い嫌いの算命学使い。
元は世界を飛び回るプロのクラシックギタリスト、EU内国際線キャビンアテンダント、裁判所の通訳など典型的天報星人。

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